第1章 環境アセス法と代替案

本章では、なぜ環境アセス法において代替案の比較・検討が必要とされるのかを、明らかにする。特に、事業計画の代替案の比較・検討が、環境影響を最小化するために不可欠であること、とりわけ第十堰事業のアセスにおいては、その必要性が高いことを明らかにする。その上で、建設省の代替案以上に環境影響を回避・低減していると思われる市民アセスの会代替案の提案を検討対象とすることが、アセスにおける合意形成にとって、重要であることを指摘する。

 

 1. 環境政策の基本原則ーー環境負荷の最小化

(1)環境基本法における環境政策の転換

環境基本法は、それ以前の日本の環境政策の基本原則を根本的に変えるものであった。環境基本法以前における日本の環境政策は、基本的に、公害対策基本法と自然環境保全法の二本建てであった。公害対策基本法は、人間に直接被害を及ぼす公害に対処するという目的を持っており、また、自然環境保全法は、貴重な自然を保護するという目的を持っていた。それに対して、環境基本法においては、環境政策の原則にかかわる2つの大きな変化があった。すなわち、まず第1に、環境政策の対象が拡大されたことである。公害と貴重な自然という限定された内容から、遙かに広い内容を含む「環境概念」へと転換した。第2に、環境政策の目的自体に変化があった。「環境への負荷をできる限り低減すること」(環境基本法第4条)によって、環境をよりよい状態に保つことが新たな目標となった。

より具体的に言えば、公害(典型七公害)だけでなくて、廃棄物問題や地球環境問題なども対象にし、かつ公害を引き起こす水準の汚染を防止すること(環境基準の達成)でよしとするのではなく、環境への負荷それ自体をできるだけ最小化することが課題となった。また、貴重な自然(貴重種とか絶滅の危機にある種など)といった特別の自然を保護することのみならず、普通の身近な自然を保護し、また生態系や生物の多様性を全体として守ること、さらに自然破壊を防ぐだけでなく、よりよい自然環境を維持、創造することが目指されることになったのである。

(2)環境基本法の背後にある認識

 環境基本法におけるこのような環境政策の転換は、オゾン層破壊、地球温暖化、生物多様性の危機といった地球環境問題が、今や人類の生存自体を脅かし始めていること、生態系をはじめとする自然環境の破壊は、人類の生命維持システムそのものの破壊に他ならないこと、したがって、経済活動や開発行為は環境負荷を最小化するという大前提の下でしかもはや許容されないこと、そうした認識によって、もたらされている。かかる認識を凝縮したものが、ブルントラント報告(環境と開発に関する世界委員会『地球の未来を守るために』(福武書店、1987年)に由来する「持続可能な発展」という概念なのであり、そこには、産業革命以来の経済社会システムの根本的な転換という、文明論的な認識が込められているのである。

(3)閣議アセスと環境アセス法の断絶

 環境影響評価法(以下、「環境アセス法」と略記)は、このような環境基本法における環境政策の基本原則の変更を前提として制定されたものであることを、十分に認識する必要がある。今回の環境アセス法と従来の閣議アセスとの間には、環境政策の思想的な基盤の転換という根本的な断絶が存在している。そして、その具体的な現れが、環境アセス法における、環境アセスメントの対象や評価の視点の大きな転換なのである。したがって、いずれも事業アセスメントであるといった観点から、環境アセス法を閣議アセスの延長線上でしか捉えず、環境アセスメントの対象や評価の視点の転換を、単なる技術的な問題として扱うことは、環境アセス法の意義を過度に矮小化するものであって、到底許容されるものではないのである。

 

 2. 環境アセス法における評価の視点の変更ーー代替案の比較・検討

(1)環境アセス法における評価の視点の変更ーー絶対評価から相対評価へ

 従来の閣議アセスは、「○×アセス」、「試験型アセス」などと呼ばれてきた。なぜならば、閣議アセスは、あらかじめ画一的な環境保全目標を設定し、事業実施がもたらす環境影響が、それをクリアーしているかどうかで評価を行うものであったからである。例えば、公害関係で言えば、環境基準を満たしているかどうかに評価の視点が置かれていた。

しかしながら、そのような評価の視点では、環境基準さえ満たしていれば、それ以上のよりよい環境を目指すというインセンティブが働きにくいという問題点を抱えており、また、生物多様性、生態系、身近な自然などはそもそも画一的な基準になじまないという特徴を持っており、この面での欠陥も指摘されていた。

これに対して、環境アセス法においては、環境基本法において定められた環境政策の基本原則にのっとり、実行可能な範囲で環境負荷をできるだけ回避、低減させるものであるかどうかという視点が導入されることになった。このような環境負荷の最小化という観点から評価を実施するためには、必然的に、相互に比較可能な代替案について検討して、その中から最も負荷の少ないものを選択することが不可欠となる。負荷が最小であることは、他の代替案との比較を行わない限り、証明できないからである。要するに、基準に基づく絶対評価から、他の案との比較による相対評価へと、評価の視点が大きく変更されたわけである。

 

 

(2)代替案の比較・検討ーー環境負荷の最小化のために

代替案の比較・検討の法的根拠は、「環境の保全のための措置(当該措置を講ずるに至った検討の状況を含む)」(環境アセス法第14条第7項)を、準備書に記載すべきであるとする規定にあるとされている。すなわち、当該措置を講ずるに至った検討の状況に、代替案の検討が含まれているわけである。この規定の意味については、環境庁の「基本的事項」(平成9年環境庁告示87号)を参照する必要があり、環境アセス法とこの「基本的事項」を総体的に捉えるならば、環境アセス法が代替案の比較・検討という視点を新しく導入していることは、明らかであるように思われる。

 環境庁でも、この代替案の比較・検討の実施を、「今回の制度改正で環境アセスメントの内容が大きく変わるポイントの一つ」(寺田達志環境庁環境影響評価課長「環境影響評価法の概観」(環境法政策学会編『新しい環境アセスメント法ミミその理論と課題』、商事法務研究会、1998年)、4頁)として位置づけており、それを極めて重視している。また、国会の衆議院環境委員会、参議院環境特別委員会ともに、環境アセス法に対する付帯決議において、「準備書及び評価書に複数案の検討状況・・・をわかりやすく記載されるようにすること」という条項を特に設けており、国会レベルにおいても、それが今回のアセス法の中核にある概念の一つであることを強調している。

(3)環境庁の「基本的事項」における規定

 ここで、環境庁の「基本的事項」における代替案の比較・検討に係わる条項を、確認しておきたい。まず第1に、「評価の手法の選定に当たっての留意事項」として、以下のような規定がある。すなわち、「建造物の構造・配置のあり方、環境保全設備、工事の方法等を含む幅広い環境保全対策を対象として、複数の案を時系列に沿って若しくは並行的に比較検討すること、・・・等の方法により、対象事業の実施により選定項目に係わる環境要素に及ぶおそれのある影響が回避され、又は低減されているものであるか否かについて評価されるものとすること」という規定である。さらに、同告示の「環境保全措置に関する基本的事項」においては、「環境保全措置の検討に当たっては、環境保全措置についての複数案の比較検討、・・・等を通じて、講じようとする環境保全措置の妥当性を検証し、これらの検討の経過を明らかにできるよう整理すること」と規定されている。つまり、環境影響の評価に関しても、環境保全措置の検討に関しても、代替案の比較・検討こそが、環境負荷を最小化するための決め手として位置づけられている。

この点に関して、中央環境審議会は、「主要諸国においてみられるように、複数案を比較検討したり、・・・を検討する手法を、我が国の状況に応じて導入していくことが適当である。」と述べた上で、「この場合、複数案の比較検討の内容は、建造物の構造・配置の在り方、環境保全設備、工事の方法等を含む幅広い環境保全対策について比較し検討することを意味するもの」として、具体的に内容を例示している。これらの提言は、先に見た「基本的事項」の規定にほぼ活かされており、特に、環境保全対策に関する例示は、審議会の提言とほぼ完全に一致するものとなっている。こうしてみれば、中央環境審議会の提言は、環境アセス法の条文に直接反映されたと言うよりも、「基本的事項」において現実化したものと、解することができる。そして、この「基本的事項」が、環境アセス法の関連する条文の意味を確定させるという形になっているのである。

 

 3. 事業計画代替案の比較・検討の必要性

 先の「基本的事項」の規定にあるように、代替案には様々なレベルのものが含まれるが、事業計画の代替案は、その中でも環境政策上最も重要性の高いものとして位置づけられる。まず、先の規定との関連で、事業計画の代替案の検討の必要性を見ておく。「建造物の構造・配置のあり方、環境保全設備、工事の方法等を含む幅広い環境保全対策を対象として」という部分の前半部分で規定されているのはあくまで例示であって、むしろ「・・・等を含む幅広い環境保全対策」の部分に強調点があるのであって、事業の代替案の比較・検討は当然そこに含まれるものとするのが、環境庁の解釈であると言われている。

このことは、環境アセス法の趣旨からして明白である。すなわち、環境への負荷を最小化するという環境アセス法の趣旨を前提とすれば、事業計画の代替案の比較・検討は、環境政策上最優先されるべきである。なぜなら、環境への負荷の程度の差は、一般的に、事業計画の代替案の間で最も著しいと考えられるからである。仮に、最も環境負荷の大きい事業計画を採用してしまえば、たとえその事業計画の内部で代替案の検討をし、環境負荷を最小化したところで、総体的に見れば、環境に対して取り返しのつかない影響を及ぼすことになるであろう。

 したがって、事業計画の代替案の比較・検討は、最も重要度の高い環境保全措置であることが認識されなければならない。代替案との環境面からの比較・検討なしに事業計画を決定し、その事業計画についてのみ、環境保全措置を検討するというやり方は、事実上、環境負荷の最小化という環境政策の基本原則を尊重するつもりはないという事業者の意思表示となるであろう。しかしながら、環境への負荷の最小化という目標を掲げる環境アセス法の趣旨からして、一つの事業計画の内部で代替案の検討を行うにもかかわらず、最も重要な事業計画の代替案の比較・検討を行わないことは、本末転倒であることに変わりはなく、そのようなやり方は到底正当化されるものではないであろう。

 

 4. 第十堰事業環境アセスメントにおける代替案の比較・検討の必要性

(1)「堰事業にかかわる環境影響評価指針」における規定

「堰事業にかかわる環境影響評価指針」(平成10年厚生省・農林水産省・通産省・建設省令)において、環境保全措置について検討を行ったときは、「環境保全措置についての複数の案の比較検討・・・その他の適切な検討を通じて、・・・対象堰事業にかかわる環境影響ができる限り回避され、低減されているかどうかを検証しなければならない。」(第15条)とされている。たしかに、環境保全措置の検討を行った場合にはそうすべきであるという限定があるが、しかしながら、「事業者は、環境影響がないと判断される場合及び環境影響の程度が極めて小さいと判断される場合以外の場合にあっては、・・・環境の保全のための措置を検討しなければならない。」(第14条第1項)と規定されていること、また、本事業の場合、常識的に考えて、原案である可動堰案が、環境影響が皆無ないし軽微であることはありえないこと等から判断すれば、事業計画の代替案の比較・検討が要請されることは明らかであるように思われる。

(2)新河川法

 新河川法は、河川管理の目的として、従来の治水、利水に加えて、「河川環境の整備と保全」(河川法第1条)という視点を新たに導入しており、これら三者が河川管理の三つの柱となっている(建設省河川法研究会『改正河川法の解説とこれからの河川行政』、ぎょうせい、1997年)。また、建設省河川審議会は、「治水事業の発展が、人間社会の発展に大きく寄与したことは、まぎれもない事実である」とした上で、しかし、従来の「治水事業の進め方において、生物の生息・生育環境、地域の景観などへの配慮が足りなかったことも否定できない」とし、「人命・財産を守るという役割を強調するあまり、無機的な河川環境が全て肯定されるとしたら、河川の持つ豊かな生態系や地域の風土を育むという役割が見過ごされることになるだろう」(河川審議会答申「今後の河川環境のあり方について」、1995年)と警告している。それゆえ、治水、利水の観点からのみ事業計画を決定し、環境保全措置に関しては、ただその事業計画の内部でのみ検討するというのでは、環境を河川管理の三つの柱の一つとして扱うことには到底なりえず、新河川法の趣旨に明確に反することになるであろうし、また上述のごとき河川審議会の警告を無視することになるであろう。加えて、「環境を建設行政において内部目的化する」とした建設省の「環境政策大綱」(1994年)の趣旨に背くことにもなるのである。

(3)本事業固有の必要性

本事業に関しては、既に代替案の比較・検討を実施したことが公表されている点が、重要である。治水、利水の観点から代替案を比較・検討するために、既に複数の代替案が設定されており、全く新たに代替案を考案する場合に比べて、環境面から代替案を検討することが遙かに容易になっている。すなわち、代替案として検討された以上、それらは少なくとも事業目的を達成できると認定されたものであり、したがって、環境面からの比較・検討をさらに行うことに何ら障害はないはずなのである。それゆえ、環境アセス法による事業代替案の比較・検討の要請が、本事業のアセスメントに関しては、より強く作用することとなる。

以上のような理由から、本事業のアセスメントに関しては、通常以上に、事業代替案の比較・検討が強く要請されているように思われる。

 

 5. 市民アセスの会代替案ーー合意形成に向けて

(1)建設省代替案への疑問

代替案の比較・検討が、なぜ環境アセスメントにおいて、またとりわけ本事業において必須とされるかは、以上の議論から、もはや明らかであろう。これは、事業目的に遡及した議論ではなく、あくまでも環境政策上の観点からの指摘であることを、認識する必要がある。環境アセスメントにおいては、代替案の比較・検討は、環境上最もふさわしい計画案を採用するためになされるのである。

 そのためには、より環境負荷の小さい代替案がまず設定できているかが、重要な問題となる。先に、建設省の原案(可動堰案)をその代替案と比較・検討する必要性があることを指摘したが、しかし市民アセスの会としては、建設省が設定した代替案のみを比較・検討することでは、不十分であると考えている。なぜならば、建設省の設定した代替案以外に、より環境負荷の小さい実施可能な代替案が存在していると判断するからである。

(2)市民アセスの会代替案の提案

 市民アセスの会は、それらの代替案が、建設省の可動堰案やその他の代替案と比べて、環境負荷が遙かに小さいと考えており、本提案書において、そのことを論証した上で、本事業の環境アセスメントの過程で実施される代替案の比較・検討に際しての有力な候補として、具体的に提案する。当会の提案以外にも、今後市民から多様な代替案の提言がなされる可能性がある。それらの提言も含めて、事業者と市民が共に環境影響を最小化する可能性を探求しながら、合意形成を達成していくことは、アセスメントの重要な機能の一つなのである。そのことは、事業計画のできるだけ早い段階から、市民の多様な環境上の意見を反映させ、市民合意の下で、適切なアセスメントを実施するために、環境アセス法において新たにスコーピングという重要な制度が導入されたことからも、明らかであろう。

(3)代替案の比較・検討ーー合意形成に向けて

 代替案の比較・検討は、環境アセス法の趣旨、アセスにおける合理的意思決定、アセスが有する合意形成機能(さらには紛争解決機能)にとって、中核的な意味を持つものであり、その検討が行われないならば、それは決して適正なアセスメントとは認定されないであろう。より具体的に言えば、代替案の比較・検討を行わなければ、仮に市民から「代替案との比較において、建設省可動堰案が、環境影響が最小であることを証明せよ。」という問いが発せられたときに、建設省は、それを証明して、原案を正当化する術を持たないということであり、また逆に、市民から「代替案との比較において、建設省可動堰案が、環境影響が最大でないことを証明せよ。」という問いが発せられても、建設省は、その可能性を決して否定することはできないということなのである。それは、環境調査委員会にしても同様である。このような基本的な問いに答えることができない原案に関して、合意形成を達成することは、不可能であるように思われる。またそのような環境アセスメントを、環境に配慮したアセスメントであると主張することも不可能であるように思われるのである。

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