第6章 代替案と可動堰案の環境影響評価予測

 本章では、市民アセスの会が提案する直上流固定堰案、現堰補修案、及び建設省の可動堰案について、それぞれの事業案が環境に及ぼす影響の規模について、比較・検討を行う。

 環境影響については、主として、「堰事業にかかわる環境影響評価指針」(以下、「指針」と略記)に挙げられた項目について考察する。しかし、「指針」は、潮の影響のない中流の堰についての事例を想定しているため、汽水域に関わる問題については、会独自で、検討項目を設定することとした。

 影響の判定については、利根川(日本自然保護協会、1998.)や長良川(日本自然保護協会、1996,建設省・水資源開発公団、1995,1996,1997.)等の既存の河口堰の環境調査の知識に基づいて行った。

 

 1. 環境影響の分類

 河口域を横断する堰により、本来の河川感潮域は、塩分濃度などの連続的な変化で特徴付けられる環境の連続性を失い、堰上流の淡水の緩流域と、従来よりも、より海側の影響を強く受けるようになる堰下流域との2つの水域に区分される。堰上流域については、淡水化と止水化による環境変化、また、堰下流域においては、潮汐の運動の変化により引き起こされる環境変化を中心に考察する。

 本会が想定する環境影響の概要と各案の評価の考え方は、以下に評価項目ごとに示されている。

(1)土砂による水の濁り

 想定される具体的な影響

 工事に伴い発生する細かい濁質は下流域の水中に懸濁し、光の透過を妨げ、浮遊・付着藻類による一次生産を阻害する。また、河底に堆積することにより、特に、付着藻類に大きな影響を及ぼすものと考えられる。動物についても、鰓等の呼吸器官の目詰まりによる障害が予想される。河口域においては、現在の砂質干潟の上面に細かいシルト・粘土が堆積し、各種の干潟生物の生活や物質循環に大きな変化が生じることも考慮すべきであろう。

 各代替案についての評価

 現堰の撤去を伴う案については、撤去の際、現堰に堆積しているシルト・粘土の流出が生じるため、より大きな環境影響を生じるものと思われる。現堰直上流及び下流の堆積物は、極粗砂・粗砂が大部分であるが、右岸側では、シルト・粘土成分を比較的多く含む粒度組成となっている。

 補修、改築工事については、河床の攪乱(掘削、床固め)工事が大規模かつ長時間に渡る案ほど大きな影響を生じる。

(2)富栄養化

想定される具体的な影響

 河川水の滞留日数の長期化により浮遊藻類の発生が促進される。藻類の活動と沈降により、溶存酸素や堆積物(底質)の状態にも影響を及ぼす。また、藻類のような懸濁有機物を餌とする動物への食物連鎖網を通じた影響も考慮すべきである。

 各代替案についての評価

 滞留日数が長期化する案、つまり堰上流の貯水容量が大きい案ほど、藻類発生の障害の懸念が大きくなる。

(3)溶存酸素量

 想定される具体的な影響

 溶存酸素濃度及びその分布については、藻類生産、生物群集の呼吸、有機物の供給と分解、成層の強度など様々な要因が影響する。さらに、堰下流においては、潮汐の運動も考慮すべきであろう。

 底層水の貧酸素化の具体的な環境影響としては、底生動物や魚類の分布制限、メタンなどのガス発生、栄養塩の溶出が考えられる。一般的には、堰上流、下流底層の貧酸素水塊の空間的な広がりとそれが維持される時間の長さが問題となる。

 各代替案についての評価

 堰上流の底層の溶存酸素濃度については、有機物の供給と水温成層の強弱が問題となろう。前者については、陸域からの有機物流入(例えば、排水や上流域からの落葉供給)の影響を各案共通とすれば、湛水域での藻類の生産が大きいほど夜間の底層の酸素消費は大きくなる。また、後者の成層形成については、湛水域の水深が深いほど鉛直方向の混合が生じにくくなると考えられる。堰の稼働後、現在の今切川河口堰、旧吉野川河口堰のように多少の塩分の進入を防げない運用では、強固な成層が生じ、底層に貧酸素水塊が形成される。

 堰下流については、有機物の供給の面では、潮汐によって運ばれる海側からの懸濁物輸送量が大きいほど、つまり、海に近い案ほど、その影響は大きくなるものと思われる。また、海域からの貧酸素水塊の遡上による影響も同様であると考えられる。

(4)底質

想定される具体的な影響

 堰上下流での細かいシルト以下のサイズの粒子の堆積と、底泥の有機物含量の増加が懸念される。底泥の粒度組成の変化は底生動物の生息に影響し、有機物含量の増加は溶存酸素の消費速度に関係する。

 各代替案についての評価

 堰上流の底質の粒度組成については、流速、及び河床勾配、生物的な堆積物固定の可能性の有無が影響する。滞留日数が長期化する、つまり貯水容量の大きい案ほど、シルト以下のサイズの組成比が大きくなるものと考えられる。また、河床勾配については、上流案ほど大きな勾配が予想され、フラッシュによる除去が期待できる。底泥の有機物含量は、藻類生産の大きい案ほど、高くなるものと思われる。

 堰下流の堆積は、海側からの懸濁物の輸送が予想される下流案程、顕著な影響がでるものと思われる。

(5)地形及び地質

 想定される具体的な影響

 第十堰周辺の特徴ある河川地形として、堰上流部の交互砂州と堰下流部の河口干潟を取り上げたい。前者は、緩く蛇行する河川に特徴的に見られる地形であり、瀬と淵が連続する流路と発達した河原は、河川棲の動植物の生息場所として貴重である。また、後者は、シオマネキ、ハクセンシオマネキ、イセウキヤガラなどの希少動植物の生息場所として、重要である。

 堰の改築による上流部の水深の変化と、下流への土砂供給の変化がこれらの地形の存続に影響するものと思われる。

 各代替案についての評価

 交互砂州は、上流での取水により、地形を作る要因となっている流量の減少の影響を強く受けるものと思われる。また、河床の掘削と湛水域の水位上昇も、この地形の存続に影響を及ぼす。

 河口干潟の維持に関しては、その地形の構成要素となっている粗砂の供給の減少と、粒度組成の変化をもたらすシルトの堆積を考慮すべきであろう。

(6)動物

(1)魚類

 想定される具体的な影響

 水産資源としては、アユが最も重要であると思われる。現在のアユの産卵場所は、柿原堰から第十堰である。上流堰の取水による流量減少、湛水・止水化による水質・底質の変化が、産卵場所の環境に重要な影響を及ぼすものと思われる。また、仔魚の降下、稚魚の遡上についても、湛水域の規模が影響するものと考えられる。

 貴重種としてのハゼ類の一部は、利根川での観察から、堰上流では、全く見られなくなる可能性が大きい。また、緩流化による外来魚食魚(オオクチバス、ブルーギル)などの繁殖も、現在以上に目立つようになると考えられる。

 各代替案についての評価

 潮の遡上が予想される堰下流、及び上流湛水範囲では、アユの産卵場所としての環境は維持できないものと思われる。堰上流部に容量の大きい貯水池を作る案での影響は大きなものとなろう。ハゼ類への影響は、汽水域の面積的な減少を伴う下流案程大きくなるものと思われる。

 現堰の問題点としては、魚道が機能していない日数が多いことが挙げられる。

(2)底生動物

 想定される具体的な影響

 堰上流では、止水化・緩流化による流水性の底生動物への影響が考えられるが、現在調べられている種類組成から判断すれば、匍匐、掘潜型の生活型の種が多く、既に現堰による環境改変が生じていると解釈される。

 干潟、浅瀬の堰下流の底生動物については、干潟自体の維持(地形・地質で言及)と同時に塩分量等の変化も重要となる。

 各代替案についての評価

 堰上流に流水環境を残す案ほど優れている。。

(7)植物

 想定される具体的な影響

 新規の堤体の構築により、その構築物の前後で、堤防強化が必要となる。長良川でも、堰本体に先立つブランケット工事により、沿岸の植物帯は大きな影響を受けた。また、浚渫土砂の乾燥地として、河川敷が使われることもあり、その場合も植物群集は、大きな影響を受ける。

 可動堰稼動後には、堰上流部の水位の上昇による抽水植物の枯死を考慮すべきである。

 各代替案についての評価

 河川敷の陸上植物への影響については、堤防の強化が義務付けられる案程大きい。

(8)生態系

 想定される具体的な影響

 本来の河川・汽水域生態系に、淡水・止水的な要素が加わることになり、下流域の生物群集全体の生産と見掛上の多様性は高くなると思われる。また、各生態的な区域の空間的な広がりは、狭小化する。

 各代替案についての評価

 従来の生態系を維持するのが最善との価値観に立てば、全く異なる止水生態系の空間的、時間的な広がりを最小とする案が望ましい。

(9)景観

(1)構築物の景観に及ぼす影響

 構築物が景観に対して、なじむか、異物となるかは、規模により客観的に影響評価ができる。川面の一部であるような規模から、堤防の天端から突出する規模までを評価すると、規模が小さいほど影響は最小化する。

(2)構築物による河川景観の変化

 想定される具体的な影響

 堰上流では、堰により作られる止水域が河川景観としてなじむか、また、下流では、大量の取水による枯れ川状態が問題となる。

 各代替案についての評価

 従来の景観を維持するのがいいという判断に立てば、堰の位置の移動は景観に影響を与える。移動が大きく、構築物の規模が大きくなれば大きな影響となる。移動が小さく、構築物の規模が同程度であれば影響は小さい。

(10)人と自然の触れ合い活動の場

吉野川本来のもつ川の営みや、汽水域の多様な自然性そのものと触れ合うことを重視する。

 代々にわたり堰と関わり、暮らしの中で育んできた住民と川との緊密な関係がある。第十堰という場所で生み出されてきた触れ合いの意味や特性を評価軸にし、触れ合いの場を評価する。単に利用人数に価値をおく評価は自然環境破壊につながる恐れがあり、適切な評価方法とは言えない。

 想定される具体的な影響

 可動堰構築により生じた広大な止水域では、新たな水上スポーツの利用が予想される。ただし、人工的な止水域でのレジャーは、代償不可能な触れ合いとは言えず、自然の多様な生命や自然形態に接すると言うこととは異なるため、低い価値評価となる。また、伝統的な漁法も含め、在来魚種の釣り人口の減少が予想される。新たに立入禁止水域ができることも、川との触れ合いには大きな障害となる。

 各代替案についての評価

 自然性の高い水際への接近性や、多様な自然の拡がりといった空間的評価、環境が醸し出す季節感や歴史性といった時間的評価を行うと、止水域が小さく川と一体となる構造の方が高い評価となる。

(11)廃棄物

 想定される具体的な影響

 現堰撤去により生じる廃材・残土、浚渫土砂の処分が問題になると思われる。

 各代替案についての評価

 現堰の撤去、及び大規模な浚渫が必要となる案の環境影響が大きくなる。

(12)その他考慮すべき項目(環境基本法に基づく河川水質の常時監視や「指針」には取り上げられていないが考慮すべき項目

(1)堰及び分水施設の歴史的・文化的意義

 想定される具体的な影響

現堰の完全撤去、一部復元、保存の場合がある。

 各代替案についての評価

250年の歴史を有する現堰の意義を重視し、現堰の保存に近い案ほど高く評価される。

(2)地球環境に及ぼす影響

 想定される具体的な影響

 例えば、温室効果ガス発生問題。淡水化、貧酸素化、有機物付加の増加に伴うメタン発生、干潟からのNO発生量の変化等が想定される。

 各代替案についての評価

上記のガス発生量が少ないものほど、高く評価される。

(3)地下水に及ぼす影響

想定される具体的な影響

地下水の水位の上昇や低下、地下水の塩水化などの影響が想定される。

各代替案についての評価

地下水の現状が維持できるほど、高く評価される。

 

 2. 環境影響の項目別予測

市民アセスの会代替案2案と可動堰案に関する評価項目ごとの予測結果は、以下の「環境影響の比較表」に示す通りである。

 環境影響の比較表

計画案 環境の現状 現堰補修案 可動堰案 直上流固定堰案
上流湛水域に関する項目 富栄養化 0 0 - +
溶存酸素量 0 0 - 0
底質 0 0 - 0
地形・地質 0 0 - 0
動物 0 0 0 0
 アユの降海 0 + - +
 アユの遡上 0 +

0

(魚道に関して)

+
植物 0 (-) - -
生態系 0 0 - 0
汽水域の特性の保全に関する項目 溶存酸素量 0 0 - 0
底質 0 0 - 0
地形・地質 0 ? ? ?
動物 0 0 0 0
 ヤマトシジミ 0 0 - 0
 シオマネキ 0 0 - 0
植物 0 0 0 0
 アオノリ 0 0 - 0
生態系 0 0 - 0
その他の項目 景観 0 + - +
人と自然の触れ合い 0 + - +
工事中の水の濁り 0 (-) - -
廃棄物 0 (-) - (-)
地球環境影響 0 0 - 0
歴史的文化価値 0 0 - (-)
地下水 0 0 - (-)

 0 :現状と変化なし

 + :現状より改善する

 − :現状よりかなり悪化する(現存の堰での類例がある)

(−):現状より多少悪化する

 ? :関連の開発事業の効果も影響し不明

 

(1)堰上流の環境変化

 浮遊藻類の発生、及びその活動や分解により生じる溶存酸素濃度の変動、堆積後の底質変化が主な問題になるが、これは、貯水規模(滞留日数、貯水池の水深など)が重要な判定要因となる。3案中、上流の湛水域が最も小規模となる直上流固定堰案が、川の特性を残した環境を維持できると判断した。地形や、生態系、景観に関しては、堰上流の交互砂州の状態が保たれることを重視した。それらの環境を水没させる大規模貯水池を伴う可動堰案には、この面でも低い評価を与えた。水産上重要なアユの仔魚の降下・遡上についても、大規模な止水・緩流域の形成は、大きな影響を及ぼすものと思われる。

 河川敷や水辺等の植物群落については、湛水による水没、堤防の強化工事などいずれの案についても、多少の影響が生じるものと判断した。人と自然の触れ合いに関しては、大規模貯水池の出現により、新たに生じた止水域を利用した遊びの場の創出も予想されるものの、基本的に自然そのものとの良好な触れ合いを重視することによって、可動堰案には低い評価を与えた。

(2)堰下流の環境変化

 非対称な潮の運搬作用によって生じる堰下流での堆積作用の促進とそれに伴う貧酸素化の影響を重視した。大規模な河口堰下流の堆積と溶存酸素の減少は、利根川、長良川などでも観察されている。下流域の地形、及び景観、生態系については、河口干潟の維持を中心に考察した。干潟の物理的な維持は、堰構築事業のみならず、港湾の整備等海側の環境変化も考慮せねばならず、現在の規模の干潟が堰構築以後も残るか否かは、現段階では、判断できなかった。水域を特徴付ける特定の生物については、ヤマトシジミは、底質と水質の変化により、利根川・長良川同様、深刻な影響を生じる可能性は否定できない。シオマネキなどのカニ類についても、同様であろう。重要な水産資源であるアオノリについては、上流から供給される淡水の水量と水質の変化から、塩分濃度や栄養塩濃度の変化を通じて影響を生じる可能性がある。

 工事の過程で生じる水の濁りと廃棄物に関しては、現堰撤去を伴う可動堰案、直上流固定堰案に低い評価を与えた。また、歴史的・文化的価値としては、治水の歴史をしのばせる石積堰堤や諸施設の保存が期待できる現堰補修案を評価した。広域的な環境影響については、堰湛水での有機物堆積、淡水化、嫌気化による温室効果ガスの一つであるメタンの発生量の増加の問題を重視した。

 

 3. 環境影響の総合評価

以上の検討結果から、環境面から見て、可動堰案の場合には、多くの項目において環境影響が生じる可能性があると考えられる。現堰補修案及び直上流固定堰案に関しては、少数の項目で影響が生じる可能性があるものの、総合的に考えれば、可動堰案に比べて、遙かに環境影響が回避・低減されるものと判断される。したがって、環境アセスメントにおいて検討すべき代替案の候補としての資格を十分に有する代替案であると、われわれは考える。

 当会の環境影響評価は、既存の堰で生じた環境影響の観測結果に基づき、吉野川の変化を現時点で予測したものである。したがって、当然の事ながら、これらの予測は、今後の環境アセスメントの過程における吉野川の特性を考慮した調査により、さらに、修正され、精緻化されなければならない。また、各案の評価については、代償措置の有無、巧拙により異なるため、今後の評価作業や事業の決定の過程において、調査結果の公開と共に、代償措置案の具体的な提示も必要となることは言うまでもない。

戻る